人物名
利久の長男。豊臣秀長、秀保に仕える。秀保死後、豊臣秀吉の直臣となり紀州で代官を務める。1600年(慶長5)関ケ原の戦いのときは東軍に付く。その時、俊政が不在であった居城高取城が西軍に攻められたが家臣だけで守り通す。1610年(慶長15)閏2月8日没。法名「利生院殿月秀阿春大禅定門」。
閲覧数:1 回
他の人物を見る(あいうえお順)
木名瀬小右衛門
木食応其①
木食応其②
末吉利方
末吉利長
本多俊政
本多俊次
本多俊次妻
本多利長
本多勝行
本多康俊
利久の長男。豊臣秀長、秀保に仕える。秀保死後、豊臣秀吉の直臣となり紀州で代官を務める。1600年(慶長5)関ケ原の戦いのときは東軍に付く。その時、俊政が不在であった居城高取城が西軍に攻められたが家臣だけで守り通す。1610年(慶長15)閏2月8日没。法名「利生院殿月秀阿春大禅定門」。