石川康通
生 天文23年 (1554年)
没 慶長12年 (1607年)
没 慶長12年 (1607年)
1554年(天文23)家成の長男として生まれる。徳川家康に仕える。1600年(慶長5)関ヶ原の戦いのときは尾張清洲城を守る。戦後、美濃大垣藩で5万石となる。1607年(慶長12)7月26日没。54才。法名「寶樹院殿華嶽宗英大居士」。
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高野山奥之院に眠る英傑たちを、ひとつひとつ訪ね歩いた記録。