人物名
松山茂庭家2代当主。1621年(元和7)良元の3男として生まれる。初め片倉重長の養子となるも、後に実家に戻り跡を継ぐ。主君伊達綱宗の跡に綱村(亀千代)を継がせることに貢献。その後奥山大学によって失脚させられるも、のちに復帰。1666年(寛文6)1月11日没。46才。法名「見性院殿傳翁直心大居士」。
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艶宮
芝原覚左衛門
花見兼吉
茂庭兼綱
茂庭姓元
茂庭定元
茂庭嵩元
茂庭綱元
茂庭良元
荒尾隆重
荒牧治郎右衛門
松山茂庭家2代当主。1621年(元和7)良元の3男として生まれる。初め片倉重長の養子となるも、後に実家に戻り跡を継ぐ。主君伊達綱宗の跡に綱村(亀千代)を継がせることに貢献。その後奥山大学によって失脚させられるも、のちに復帰。1666年(寛文6)1月11日没。46才。法名「見性院殿傳翁直心大居士」。