一柳直盛
生 永禄7年 (1564年)
没 寛永13年 (1636年)
没 寛永13年 (1636年)
1564年(永禄7)直高の次男として生まれる。兄直末とともに豊臣秀吉に仕え、鳥取城攻め、備中高松城攻め、賤ヶ岳の戦いに従軍。1590年(天正18)山中城攻めのとき兄が討死すると代わりに指揮を取る。1600年(慶長5)関ヶ原の戦いでは東軍に味方。大坂の両陣にも参戦。1636年(寛永13)6月伊予西条藩主となる。同年8月19日没。73才。法名「多宝院殿心空思斎大居士」。