毛利房顕
生 寛政6年 (1794年)
没 天保13年 (1842年)
没 天保13年 (1842年)
右田毛利家10代当主。1794年(寛政6)就任の3男として生まれる。児玉親忠の養子となる。右田毛利家を継いでいた兄房良が急死したため末期養子として跡を継ぐ。主君毛利斉房より1字を賜い、房顕と名乗る。斉房、斉熙、斉元に家老として仕える。1834年(天保5)家中の騒動により家老職を解かれる。1842年(天保13)11月5日没。49才。法名「俊徳院殿如山大心大居士」。