松浦重信
生 元和8年 (1622年)
没 元禄16年 (1703年)
没 元禄16年 (1703年)
肥前平戸藩4代藩主。1622年(元和8)3月隆信の長男として生まれる。1629年(寛永6)将軍徳川家光に拝謁。外国との交易を幕府の命により、長崎の出島のみとなったために財政が悪化。領内ではキリシタンの取締りを行う。1689年(元禄2)7月に隠居して、曾祖父と同じ鎮信を名乗る。1703年(元禄16)10月6日没。82才。法名「天祥院殿慶巖徳祐大居士」。