蜂須賀至鎮
生 天正14年 (1586年)
没 元和6年 (1620年)
没 元和6年 (1620年)
1586年(天正14)1月家政の長男として生まれる。父とともに豊臣秀吉に仕え秀吉没後は徳川家康に近づき、1600年(慶長5)小笠原秀政の娘敬台院(家康の養女で曾孫)を妻とする。同年の関ケ原の戦いでは東軍に付く。大坂の陣でも徳川方として活躍。1620年(元和6)2月26日没。35才。法名「峻徳院殿心岳義傳大居士」。