相馬義胤(蒼霄院)①
生 天文17年 (1548年)
没 寛永12年 (1635年)
没 寛永12年 (1635年)
1548年(天文17)盛胤の子として生まれる。陸奥小高城主。豊臣政権下に入るまで伊達家と争う。1600年(慶長5)関ヶ原合戦では徳川方の伊達政宗軍の領土通過を認めるも徳川家康より改易となりかける。しかし政宗の助言、重臣の奔走により改易は免れる。大坂夏の陣に参戦。1635年(寛永12)11月16日没。88才。法名「蒼霄院殿外天頭雲大居士」。